sentyugaku-jikken

日本線虫学会からご案内の書籍を紹介します。

書名:「線虫学実験」
ISBN-10: 4876985383
ISBN-13: 978-4876985388
2014年9月26日 刊行
発行所:京都大学学術出版会
編集者:水久保隆之・二井一禎

 基礎から応用に至る線虫類の実験手法を網羅した書である。ミクロとマクロ,実験室とフィールドの各研究分野が刺激しあい,基礎研究から農業・環境保全への応用まで、総合的に理解できる情報を提供している。本書は日本線虫学会編「線虫学実験法」(2004年刊行)の改訂版で、日本線虫学会創立20周年記念行事として企画された。遺伝子解析を利用した新しい分類・同定法,顕微鏡下から圃場や森林までさまざまなスケールで起こる生物間相互作用の研究など,この10年間の知見の深まりや技術的進展が反映されている。そのため、項目のおよそ4割が新しく追加されたか書き換えられた。さらに、新しく設けたカラー口絵は本書を旧版よりより見やすくしている。
 本書は以下の3部構成で、巻末には線虫を研究材料とした最新の研究例を附録として加えている。
第1部 線虫の分類・同定法
第2部 生理・生化学的実験法
第3部 生態学的実験法
Appendix 線虫を材料にした、「新しくて面白い」研究例

 線虫という生物を研究材料にする場合の難しさや、逆に利点は、昆虫を用いる場合と比較すると理解しやすい。昆虫は形態の多様性が大きく、色、形、大きさなどの際立った違いから、素人でも図鑑を片手に比較的簡単に種類を決めることができる。そのため、昆虫の生理,生化学、生態学的な研究へのアクセスは比較的簡単である。一方、線虫の場合、大きさが微小である上、形態的特性が乏しいため、昆虫類に匹敵する多様性が実在するにもかかわらず、このことを実証することは極めて難しく、様々な研究の基礎とも言うべき種の同定そのものが、研究を進める上で大きな障害になってきた。
 しかし、線虫が微小であることは実験室的な取り扱いを可能にし、生理・生化学的な研究のみならず、個体群レベルの研究をインビトロで再現することも可能にするという利点につながる。さらに、特徴に乏しいその半透明な身体が分化の研究材料として大きな強みであったことは良く知られている。

 本書の第1部では線虫を実験材料にする者が通らなければならない、線虫の分類、同定法を取りあげている。この部の前半では、基本的な形態分類を理解させるため、光学顕微鏡観察のための基本技術を述べた上で、目、科レベルでの分類同定に必要な形態各部の特徴を詳説している。読者はこの形態分類法を通読することにより線虫類の生物としての概念を把握することができ、第2,第3部における実験の際に個々の問題点に遭遇するたびにこの部に戻り,自分が扱う材料、線虫の生物としての側面を確認することができる。

 目や科のレベルの同定は、本実験書を用いて訓練すれば、ある程度の熟度に達することが可能であるが、種の同定となると、対象分類群を絞り込み、さらに細部にわたる訓練が必要であった。しかし、近年の分子生物学的な技法を用いると、一定の手順を踏んだ操作によって、比較的短時間で、正確な種の同定が可能になってきている。第1部の後半では近年非常な勢いで発展して来た分子同定技術を詳説することにより、読者にとって、これまで難関であった線虫同定への道が拓かれる。(ただし、分子同定技術だけでは線虫の分類・同定は完結せず、この部の前半部の形態的分類に関する知識を補完することにより、はじめて全体的な把握が可能となる。)

 第2部では生理・生化学的研究法を取りあげている。そこでは、初学者がぶつかる 実験材料線虫の入手法・培養法・保存法のような具体的な問題を、対象線虫の生態グループごとにとりあげ、研究開始を容易にするとともに、生態グループごとに線虫の行動を解析する実験法を紹介する。線虫は昆虫の寄生者であり、便乗者でもある。本第2部ではその培養法や行動解析が紹介されている。さらに、ペストとしての線虫を対象とした研究手法として、 寄主植物との感染応答というもっとも基礎生物学的な研究から、 殺線虫剤試験法(化学的防除法)という応用的な研究までを視野に入れた研究をとりあげ、これらの研究課題に取り組む初学者や、隣接分野の研究者への便宜を図っている。ある種の線虫では環境の悪化を乗り越えるための適応を遂げていると言われており,極限環境における生物の生理・生化学上の適応現象を研究する上で優れた材料である。この分野についても、多くの線虫種を対象に、実験手法が紹介され、線虫という生物の面白さが伝わってくる。

 第3部では線虫を対象とした生態学的研究法が紹介されている。土壌生物として、種数、個体数とも他の生物グループを圧倒する線虫類は個体群生態学的研究や、群集生態学的研究材料として優れた特徴を備えた生物である。しかし、これまで、個々の種の同定が困難であったために、生態学的な研究では目立った発展は望めなかった。しかし、分子生物学的な分類・同定技法の発展は、この分野の研究を可能にし近年著しい発展をたどってきた。第3部では、このような土壌線虫の生態学的研究に不可欠な実験技術が詳説されるとともに、その生息環境としての土壌の取り扱いが紹介され、数学的取り扱いや統計的取り扱いについても触れられている。この部の前半では、個々の種についての個体群生態学的な研究手法がとりあげられ、後半では群集生態学的な取り扱いが紹介されている。